♂絵過多な危ういブログ
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アニメタになりたいっていう友が確実にアニメタにはなれそうだってことが判明しました。
しかし、ミクシとかでアニメタ新人の人見てたらけっこう酷い人多いですね。
あんまり自分も言ってられないんですけどね。
その友とは高校から仲良くしてるんです。
今思えば、BLネタで盛り上がったのが始まりでした。
↑酷いな・・・・・。
始まりはともかくといして、張り合いがいのあるライバルって重要だと思います。
上の目標は定まらないけど、クオリティをこれ以上下げられない絵のラインは確実にあるんで
やべぇ!ってあせる。
そんでもって、お互いに良いとこ駄目なとこ言い合うから、かなり作品に対しての意識もあがる。
人間ってなんで一人で生きてけないのか不思議。
成長できる人とできない人の違いって目標だと思います。
目標っていってもかなり抽象的だと思うんですが、ぼくは、「なりたい理想像」のことだと捉えてます。
自分には今でも上で言う目標が無いんですけど、中学、高校で理想像に出会えるかどうかが、本当は一番大事にしなくてはいけないことだと思います。
恐らく、これは親にとって最重要課題かもしれません。
成長するには目標が無ければベクトルを向けようがありませんし、なによりモチベーションが湧きません。
勉強の大義名分なんかどうでもいいに決まってますから。
おそらく僕は、感動しにくい人間だったというせいもあったのだと思います。
有名な方に会っても、話をしても、どこか自分にとって現実味が無いんですよ。
ただ、絵は上手くなりたいなぁっていう程度の目標。
失礼な言い方かもしれませんが、馬鹿みたいにその人のことを敬えるのはすごいことだと思います。
思い込みが激しいだけかもしれませんが、世の中結果が全て。
ようは勝ったモン勝ち
目標っていってもかなり抽象的だと思うんですが、ぼくは、「なりたい理想像」のことだと捉えてます。
自分には今でも上で言う目標が無いんですけど、中学、高校で理想像に出会えるかどうかが、本当は一番大事にしなくてはいけないことだと思います。
恐らく、これは親にとって最重要課題かもしれません。
成長するには目標が無ければベクトルを向けようがありませんし、なによりモチベーションが湧きません。
勉強の大義名分なんかどうでもいいに決まってますから。
おそらく僕は、感動しにくい人間だったというせいもあったのだと思います。
有名な方に会っても、話をしても、どこか自分にとって現実味が無いんですよ。
ただ、絵は上手くなりたいなぁっていう程度の目標。
失礼な言い方かもしれませんが、馬鹿みたいにその人のことを敬えるのはすごいことだと思います。
思い込みが激しいだけかもしれませんが、世の中結果が全て。
ようは勝ったモン勝ち
3Dを専攻している友人の作品のキャラクターデザインをお願いされました。やっぱり、見返りは無いけれどうれしいですね。
でも、明らかに意識レベルの温度差は作業するに当たっても障害になりますね。
作品と呼べるモノとそうでないモノとの違いと言いましょうか、相手の作品に対する重いが薄いんですよね。キャラクターが本当に生き生きする為に必要なモノをあまり考えていないんです。僕はオリジナルで描いてきましたので、必然的にキャラクターの設定等が大切だって気付いているわけです。
彼だって考えたことはあるのだと思うのですが、考える上で大切な「見た人はどう感じるか」ってことをあまり考えたことなかったようで、「自分にとって」カッコイイキャラクターを考えてしまっているんです。
これってすごく、もったいないと僕は思います。
確かに自分の世界観を皆さんに提供して感動してもらいたい、楽しんで欲しいって気持ちが大きいと思うんです。
それこそ僕なんかよりずっと。
でも楽しむのはあくまで見てくださる人なわけですから、押し付けちゃいけないですよね。
想像できる余地がないと楽しめないですしね。(想像って言っても、ストーリーを読むこととか、キャラクターの心情を読み取ることも入ります)
「想像」する余地が無いと楽しみも読み取れないし、そこがすごくもったいないです。
正直なところ、今まで「脚本家ってどれだけ時間かけてんだよ。もっと早いはずだろうが」とか思ってましたよ。
でも気付いたら、本当にそれこそ製作よりも時間をかけないといけないんですよね。
「見た人がどう感じるか」
これってデザイナーの宿命じゃないかな。
↓以下返信です^^
でも、明らかに意識レベルの温度差は作業するに当たっても障害になりますね。
作品と呼べるモノとそうでないモノとの違いと言いましょうか、相手の作品に対する重いが薄いんですよね。キャラクターが本当に生き生きする為に必要なモノをあまり考えていないんです。僕はオリジナルで描いてきましたので、必然的にキャラクターの設定等が大切だって気付いているわけです。
彼だって考えたことはあるのだと思うのですが、考える上で大切な「見た人はどう感じるか」ってことをあまり考えたことなかったようで、「自分にとって」カッコイイキャラクターを考えてしまっているんです。
これってすごく、もったいないと僕は思います。
確かに自分の世界観を皆さんに提供して感動してもらいたい、楽しんで欲しいって気持ちが大きいと思うんです。
それこそ僕なんかよりずっと。
でも楽しむのはあくまで見てくださる人なわけですから、押し付けちゃいけないですよね。
想像できる余地がないと楽しめないですしね。(想像って言っても、ストーリーを読むこととか、キャラクターの心情を読み取ることも入ります)
「想像」する余地が無いと楽しみも読み取れないし、そこがすごくもったいないです。
正直なところ、今まで「脚本家ってどれだけ時間かけてんだよ。もっと早いはずだろうが」とか思ってましたよ。
でも気付いたら、本当にそれこそ製作よりも時間をかけないといけないんですよね。
「見た人がどう感じるか」
これってデザイナーの宿命じゃないかな。
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プロフィール
HN:
久留米アキヒコ (クルアキ)
性別:
男性
自己紹介:
カオスごった煮絵ブログです
主成分は♂です。
管理人は♂の友情以上の関係が大好物です。
なのでここも危うい絵があります。
間違った方は、はい、Uターン。
連絡があればこちら↓
sorairo_bdama☆yahoo.co.jp
(☆を@にかえてください
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